院転して入学した大学院を中退しました
退学 Advent Calendar 2019 三日目に記事を書くnadareです。
私は東北大学薬学部を卒業した後大阪大学大学院薬学研究科に院転し、今年の秋に中退をしました。
中退した当時はもっと恨みつらみを退学アドカレに書いてやろうかと思っていたのですが、中退後の環境に恵まれ自身の中でいい感じに思いが風化してきたので軽い経過報告に留めたいと思います。
なぜ院転したのか
大学入学時から情報系と薬学部で迷っていたのですが、入って半年くらいで薬学部を選んでしまったことに後悔し、学部二年の頃には大学院で他所の研究科に移ることを考えていました。二年の終わりごろからプログラミングを勉強し機械学習の研究がしたいと思うようになったものの、東北大学の薬学部には計算機を使って創薬を行うin silico系の研究室がなかったので、同じ旧帝の薬学研究科で情報系の研究を幅広く扱っている(らしい)大阪大学の研究室に院転しました。
なぜ中退したのか~中退まで
マイルドに言えば空気が合いませんでした。研究に比較的熱心な人もいたものの研究よりも*1薬剤師の資格習得やサークル活動を優先したい学生の方が多く、やりたかった機械学習分野についてはあまり研究室で得られる指導もリソースもありませんでした。
このままでは自分がダメになってしまうと思った私は大学院に入って半年くらいで研究室に見切りをつけ、kaggleやSIGNATE、AtCoderで腕を磨いていました。幸いそれなりに好成績を残せていたものの、段々「自分は研究をサボって時間を得ているだけ」と自己肯定感を得られなくなっていってしまい、今年の五月ごろにはkaggleのサイトを開くだけで辛く身体も動かなくなってダメになりました。研究科の相談室や大学のカウンセリングも利用したのですが、一時の気休め程度にしかなりませんでした。
辛さを眠りでごまかし何か用事がある日以外は布団にこもってダラダラするだけの日々を過ごしていたのですが、*2心療内科を受診して気分安定剤を少量頂いたところスッキリして不安も抑えられるようになり、他にもいろいろな支えがあって中退までたどりつけました。現在は東京に引っ越し入社まで内定先でアルバイトをして暮らしています。
おわりに
大学院はわりと散々でしたが、競技プログラミングを通じて色々な人に出会い中退まで助けて貰ってきました。やっぱり中退したことは辛いですが、大学院で得られなかったもの以上のものを社会人になった後に得られるといいなぁと思います。